2008-04-18

ダーガーは愛されていた,映画「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」

映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』公式サイト

このヘンリー・ダーガーという人の生涯を追ったドキュメント映画を見て,激しく心を揺さぶられてしまいました。未だに揺れてます。なので今回はちゃんと感想が書けるかどうか分からないけど,チャレンジしてみます!


まずは映画の予告編です。

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私が映画を見る前に知っていたことは「病院の清掃人をしていた身寄りの無い孤独が老人が死に,その部屋から1万5000ページにも及ぶファンタジー小説が見つかった。それには極彩色の挿絵が付いていて,死後にそれらがアートとして評価されるようになった」ということだけ。
私はダーガーが孤独な人で,だから空想の世界で遊ぶようになったのだと思っていました。


映画はダーガーの隣人や大家へのインタビューと,ダーガーの描いた絵をアニメーション化した映像で構成されています。隣人や大家の話しぶりやエピソードなどを聞いていて思いました,「あぁ,ダーガーは確かに愛されていたんだ」と。ダーガー自身は他人と上手くコミュニケーションが取れない性格だったそうで,自身が愛されていたということに気付いていたかどうかは分かりません。でも確かに愛されていて,だからこそ大家はダーガーの作品を捨てずに保存して美術界に紹介する努力をした。そして5年の歳月をかけてこういう映画が作られた。その映画をダーガーの故郷シカゴから遠く離れた日本で私が見ている。
なんだかその事実に胸がいっぱいになってしまいました。


一つの問題として「ダーガーは自分自身の作品がこのように取り上げられることを喜んでいるのか?」というものがあります。1万5000ページのファンタジー小説は自分自身が読むために書かれたもので,他人が読むことは想定していなかったと思います(挿絵も同じ)。
大家が小説と絵を発見したのは,ダーガーが老人になって入院した後です。その作品を見てびっくりした隣人がダーガーにそのことを告げたときのセリフをうろ覚えで引用。
君の作品を見たよ,素晴らしかったと病院でダーガーに告げると白目を剥いて応えた。不意打ちのパンチをくらったボクサーみたいだったよ。
自分の日記帳を読まれたみたいな気分だったのでしょう。そのときは喜んではいなかったと思います。
でも「文章を書く」「絵を描く」というアウトプット行為をするということは,いつか他人にそれを見られるということを無意識にでも想定してないとやらないと思います。(だから本当の心の底では喜んでいたのでは?)

ダーガーは独学で絵を学んだため,いろいろと独自の手法を編み出しました。映画を見て「これはダーガーは喜ぶ」と思ったのは挿絵をアニメーション化した部分でした。非常にファンタスティックで素晴らしい。本当はダーガー自身がやりたかったことを実現していると思います。ちなみにアニメーションは7人のアニメーターで相当苦労してやったそうです。その中にはダーガーのファンが何人も居たそうな。


何で私はこの映画を見てこんなにも心が揺さぶられてしまったのか? それは「私自身がダーガーだったかもしれなかった」から。

サルノオボエガキ: 昔のフロッピーを発掘した

上の記事で中学高校時代に小説を書いていたことを書きました。そのときの私の頭の中にはいくつものアイデアが渦巻いていて,なんとかそれを吐き出そうとして小説を書いたのでした。家族には見せたことがあったけど,ほとんど自分が読みたいものを自分のために書いていて,他人に見せたことはありませんでした。
私はダーガーほど才能は無いと思いますが,そのときの私はダーガーの縮小コピーだったと思います。だから映画のダーガーにすごく感情移入してしまいました。

私は上記のことを思い出してから非現実サンクリストバルという自作小説を発表するためのサイトを作りました。昔は自分で書いて自己満足していましたが,今は何とかして他人に自分の感じた美しさ/悲しさ/怒りなどを伝えられないか,と考えています。


なんだか,感想がまとまらなくなってしまいました。この映画を見て「表現するということは何か?」「メッセージを伝えるということの意味は何か?」などなど,いろいろと疑問が渦巻いて未だに消化できずにいます。
これからゆっくりと「ダーガーという人が存在していた意味」を考えていきたいと思います。

2008-04-14

Google App Engine,そろそろ本気でGoogleについて考えるときがきた

What Is Google App Engine? - Google App Engine - Google Code

Google App Engineというのが公開された。GoogleによるWebアプリケーションのフレームワークとWebアプリのホスティングサービスだ。今のところPythonでプログラムが書けるらしい。

Google App Engineのドキュメントや関連ブログの記事を読んでみた。初めは「これスッゲ,早くPythonの入門書買って来なきゃじゃね!?」って感じに興奮してたんだけど,いろいろ考えてたら複雑な気持ちになってきた。

思ったことは二つ。「どこまでGoogleを信用してよいのか」ということと「無料でWebアプリを動かしてくれる環境が提供される意味」。


私はGmailを使ってるしGoogleカレンダーも使いまくってるし,もちろん検索サイトはGoogleを使ってる。さらに言えばこのBloggerはGoogleの1サービスだ。そんな時点で言えたもんじゃないんだけど,「そこまでGoogleに頼って良いんだろうか」という疑問が浮かんできた。正直言って,Googleってそんなに信用に足る組織なんだろうか。

私はプログラムを書く人間です。だから自分の作ったプログラムは可愛い。作ったものには,自分のプライドがこもってる。少なくともプライドを持ってモノづくりをしている(つもり)。
メールや予定表はまだしも,そういう大事なものまでGoogleに預けてよいんだろうか,という自問が浮かんだ(「お前,さくらインターネットでサービス作ろうとしてんじゃねぇか」というツッコミは見逃してください,あれは金銭契約があるので対等関係)。
昔,ningのアカウントを作ったけど,いまいち熱くなれなかったのはここら辺が問題じゃないかと思っている。

Google App Engineは素晴らしいイノベーションだと思う。ハードウェアを持っていない,お金の無い人でも(極端に言えばネットカフェ難民でも)Webサービスを公開することができる。でもそこまでGoogleに頼っていいのかなー,ある日突然「セルゲイ・ブリンラリー・ペイジは我々が洗脳した侵略の手先なのだー,わはは」って火星人が攻めてきたらどうしよう(半分本気。


繰り返すけど「無料でWebアプリ実行環境が提供される」ってのは凄いことだ。ネットカフェ難民がIT企業家になれるってことも凄いけど,無料の意味ってのは「いつまでも存続する」ってこと。レンタルサーバもしくは自宅サーバなら開発者が死ねばサービスは終わっちゃう。でも無料ってことは開発者が死んでもいつまでもサービスが続くってことだ(Googleは開発者が死んだかどうか分からないだろうし)。
つまり自分が作ったサービスが100年後も動いてるかもしれないってこと(Googleならありえる?)。これって素晴らしいことなのか恐ろしいことなのか良く分からない。想像できない。

補足しとくと,Google App Engineでは500MB以上のストレージを使うと有料になるようだ。でもこの制限もGmailの容量拡大を見ていると徐々に増えていくだろうし,あまり上記で言ったことと矛盾はしないと思う。そんなにストレージを使うWebアプリばっかりじゃないだろうし。


脈絡無いけど,「アプリ名.appspot.com」というアドレスを見たとき衝撃を受けた。これからのWebアプリってブログ感覚になるのかなって思った(Bloggerは「ユーザ名.blogspot.com」というアドレスになる)。


Googleってのは超勢いのある奔流であってその流れには乗ったほうが良いのか,あえて逆らったほうがカッコいいのか,いろいろ考えつつGoogle App Engineの申し込みをしといたのでした。



【参考リンク】
Google App Engine - これこそ「Google OS」だ - Zopeジャンキー日記
 "ブログ感覚で作られるWebアプリ"というのには同意。プログラマがハードウェアから自由になるってのには非常な魅力を感じる。
「炎上」というキーワードでGoogle App Engineを語ってみた - アンカテ(Uncategorizable Blog)
 一般向けの分かりやすい解説。初めからスケーラビリティが確保されているのは魅力的だと思う。
Google App Engine詳解:さっそくHello Worldから作ってみた - builder by ZDNet Japan
 プログラマ向けチュートリアル。とりあえず勉強しとく。

2008-04-08

アクィナス・キャプチャー用ツール,Diptychを作ってます

アクィナス・キャプチャー用ツールとして「行単位で更新日時を記録してくれるエディタが欲しい」と書きましたが,stfuawscと言われないためにまずは作ってみました。名前はDiptych(ディプティク)。
正直言って拙速もいいとこだけど,とりあえず公開しちゃいます。

Diptych(サンプル)
Mercurialリポジトリ

今動くのは「行単位で更新日時をつける」というHTMLとJSだけ。CGIもまだ作ってません。あ,IEでの動作を想定してますのでFirefoxだとちょっと動きがおかしいかも。

自分の作りたいものを作ってみて分かったけど,俺はJavaScriptのスキルが全然ダメです。勉強必要,でlivedoor Readerのコードを読んでみようと思ったのだけど,高度に発達したJavaScriptだったので魔術と区別が付きませんでした。誰か適度に高度なJavaScriptのサンプルになりそうなの教えて!


DiptychはWebベースの文章入力・保存・レビューツールになる予定ですが,「入力」に関しては「できないこと」を増やしたいと思ってます。アクィナス・キャプチャーの説明を読んでいただければ分かるように,とにかく自分が思ったこと考えたことをアウトプットすることを目指してます。だから編集機能はいらない。バックスペースは押せないようにする,前の行に戻れないようにする。
いろいろと頭の中がごちゃごちゃしてきたので,ざっくばらんに開発メモを書いてみます。

  • DiptychはWebベースの文章入力・保存・レビューツール
    • 開発ではKISSの原則を貫く
    • なるたけコーディングしないで済むようにシンプルを心がける
    • 想定ユーザは俺のみ。開発に関しては自己中に決定を下す!
  • 文章入力
    • 入力するごとに行単位で更新日時を行頭につける
    • アウトプットに特化し,編集機能を削る(通常のエディタに比べて出来ないことを増やす)
      • バックスペースは押せないようにする。
      • 前の行には戻れないようにする。
      • などなど
  • 保存
    • 入力した文章はサーバ上に自動保存
      • 明示的な保存処理は文章入力の邪魔になるので自動
    • サーバ上では単純なテキストファイルに保存する(DB不要にする)
    • ここは単純なRubyのCGIで十分では
  • レビュー
    • YHCのような大量の文章を素早く読むための機能が必要になる。
    • YHCをそのまま組み込むか,いろいろ他のアイデアを試すかは考えどころ。
    • 複数のレビュー方法を組み込むほうが良いかも。


つーことで暇を見てガシガシ作っていきたいと思います。ちなみにDiptychは蝋引き書字板の意味のつもり。

いまさらながらマリオにハマる

NintendoDSのスーパーマリオブラザーズにいまさらながらハマってます。どれぐらいハマってるかというと,目を閉じると自動的に脳内でプレイが始まるくらい(眠れん!)。

私は子供の頃からテレビゲームの類いを一切やったことがありませんでした。兄貴にゲーム機を独占されていたのでヘソを曲げて「ゲームなんて誰がやるか!」と逆切れしてたので。なので同世代の友人と話していてもゲームの話題になると適当に話しを合わせるのが大変。だって俺が最後にやったテレビゲームって「高橋名人の冒険島」なんだもん!

NintendoDSも本当は買う予定では無かったのですが,会社の忘年会のビンゴゲームで当ててしまい(強運!)なんかソフトでも買うかってことで,マリオを買ったのでした。


プレイをしていてすごく感心したのが,ゲームの難易度の設定。絶妙に調整されていて,ちょっとがんばらないとクリアできないようになっている。難しすぎても諦めてしまう,優しすぎたら詰まらないっていうタイトロープをうま~く渡ってますね。
あとサウンドエフェクトとマリオの動きのマッチ加減は,もう世界遺産モノではないでしょうか。なんだこの生理的な気持ちよさ。頭の中にこの動きが完璧にインプットされてしまって脳内マリオで遊べるくらい。

つーことで非常に面白いんですが,何で子供の頃の俺はマリオをやらなかったんだろうって後悔してます。変にこだわりを持たないほうがよいですね~。


プレイしてて思い出したのが前に読んだ「ゲームニクスとは何か」という本のこと。この本では日本のゲーム業界における「面白い」ゲームを作るための原則を説明しています。ちょっとだけ紹介すると以下。
  1. 直感的なインターフェイス(=使いやすさの追求)
  2. マニュアル無しでルールを理解してもらう(=何をすればいいか迷わない仕組み)
  3. はまる演出と段階的な学習効果(=熱中させる工夫)
  4. ゲームの外部化(=現実とリンクさせて,リアルに感じさせる

この本も面白かったですよ~。この原則を実例を挙げて説明して,さらにそれを使って家電業界やWebのものづくりを論じてます。「iPhoneとかWiiとかはなんか今までの商品とは違うって思うけど上手く違和感を言葉にできない!」って人が読むと非常に納得するのではないでしょうか。


ということで私が20年ぶりにマリオに再開を果たしたというエントリでした。